LOGIN「もう一度、正確に報告してくれ。ユリアス!!」早朝に側室の智也が囚人に誘拐されたと報告を受けたカインは、執務室の机で報告書を読みながら、怒りで語気を強めて側近のユリアスに命じた。ユリアスは姿勢を正して、もう一度口を開いた。「深夜のことです。昨晩、王宮に腕をきられた男が現れ、門番に自分は囚人を牢獄塔に運ぶ仕事をしているものだと伝え、そのまま気絶してしまいました。」ユリアスは一度言葉を切った。「治療院に運び、医者のギーナが治療にあたりましたが、その男が目を覚ましたのがつい先ほどです。その男が、囚人が牢獄塔の前で護送車から逃げ出し、側室のトモヤ様を誘拐したそうです。」さらに続けた。「同じくその場で腕を斬られた同僚は、王宮に向かう途中で命を落としたそうです。」「護送に失敗した男が死のうと、俺には興味は無い。」カインは苛立ちを抑えきれず、机を指でこつこつと叩いた。「それより、トモヤはどうして誘拐されたのだ。その囚人の名前は分かっているのか? その者の目的はなんだ? それと、レンはその場に居なかったのか? あいつがトモヤの傍にいればむざむざ誘拐などされなかったはずだ。」ユリアスはカインの様子を見ながら答えた。「囚人の名前はアベルで狼属の獣族だと自身で名乗っておりました。」「狼属の獣族だと? 辺境に住む彼らとは、和平を保っているはずだ。獣族だからという理由で捕まえることは無いはずだ。その男は何故捕まった?」「貴族の馬車を襲い、兵に捕まり牢獄塔送りとなりました。もっとも、護送車の柵を容易に切り裂くような者ですから、兵にわざと捕まったものと思います。」「わざと兵に捕まって牢獄塔送りにされたと言うのか?」ユリアスはうなずいた。「狼属の獣族の多くは王家と和平を保っています……というより、服従ですね。」少し間を置いてから、ユリアスは続けた。「それを嫌って離れていく一族も幾つかあります。アベルもその一族の一つでしょう。実は、アベルが
囚人の男の獣の爪が鋭利な凶器となって、護送車の柵をバラバラにした。同時に智也を拘束していたロープも切れたが、髪も少し切れてしまった。(なんて、髪の毛の心配してる場合か!!)智也はバラバラになった柵と同様に、地面に落ちていく。「ひぇええええええーーーーーーーー!!」悲鳴をあげる智也が地面に直撃する寸前で、囚人の男が護送車から飛び降りて彼を抱きとめると、獣のように跳ねて牢獄塔の入り口に移動した。智也を襲った男たちは唖然とした様子で二人を見つめていた。お姫様抱っこされた状態の智也は、改めて囚人の顔を見た。その男の端正な顔立ちに目を惹かれたが、それ以上に彼の耳が妹のモモの耳に似ていることに気づき、思わず呟いた。「猫耳男……??」「猫耳じゃない。狼の耳だ!!」男に怒鳴られ、智也はびくっと体を震わせた。すると男は僅かに笑って、智也を地面にゆっくりと下ろした。「やべえ、囚人が護送車を壊しやがった。ここで逃がしたら、懲罰だけじゃ済まされないぞ俺たち!!」「俺たちが牢獄塔に送られちまう。冗談じゃない!! この男を捕まえないと……いや殺しちまえ!!」護送車で囚人を運んできた男たちはそう叫ぶと、ナイフをそれぞれ取り出して身構えた。囚人の男は、ナイフを向ける男たちに向かって素手で走り出した。獣のような俊敏さで男たちに襲い掛かると、勝敗は一瞬のうちに付いた。男たちはナイフを持った腕ごと、囚人の獣の爪で切られた。ナイフを握ったままの腕が血を噴き出しながら地面に転がる。二人の男たちはそれぞれ片手をもぎ取られ、悲痛な悲鳴をあげた。「ひぃいぎゃああああああーーーーーー!!」「痛いっ、いてええええーーーーーーーー!!」「聞け、お前たち。ここで殺されたくなければ、早急に王宮に立ち返りカインに伝えろ。『お前の側室とその腹の子は獣族のアベルが預かった。返して欲しくば、牢獄塔に囚われた獣族の長を解放しろ』とな。さあ、行け!!」囚人の男が獣の咆哮をあげると、腕をなくした男たちは血が流れ出る腕を押さえたまま踵を返し、王宮への道を走り出した。(あの出血量で、王宮までたどり着けるか微妙なところだ……)妙な冷静さで分析していると、囚人の男が近づいてきてにやっと笑い、口を開いた。「さすがだな。アーサーを踏み台にして、カインの側室に成り上がった女だけのことはある。血を見ても冷静な顔をし
「ひぃ、嫌っ。触らないで!!」男の一人が智也に乱暴に触れ始め、白い肌が赤く染まっていく。もう一人も同じく近寄り、智也の体を強引に扱った。「痛いっ、やめて!!」痛みに体をよじると、拘束された両手首のロープが皮膚にさらに食い込んだ。動いた拍子に側室の指輪が柵に当たり、金属音が響いた。それに気づいたもう一人の男が、智也の手に嵌まった指輪をじっと見て口を開いた。「随分上等な指輪をしているな。犯して殺した後には、俺が貰ってやるよ。」犯して殺す……?「ああ、ヤダ。なんで、私がこんな男たちに……! そうだ、蓮!! 助けてよ!! 幼馴染のピンチなんだよ。蓮っーーーーーーー!!」牢獄塔の最上部に向かって叫んだが、厚い魔法の防壁が張られたままで、蓮との連絡は遮断されていた。何とかこの状況を自分で切り抜けるしかない。磔にされた状態でできることは、口を動かすことだけだった。智也は震える声で訴えた。「この指輪はカインから貰った側室の指輪なの!! これは、私が次期王位継承者のカインの妻だっていう証拠よ。よく見なさいよ!!」「へいへい、まだ言ってるよこの女は。王宮の女がこんな場所に一人でいるわけ無いだろ、バーーカ。」「馬鹿はあんたたちの方よ!! 離せ、畜生!!」「お、口が段々悪くなってきた。やっぱ、姫様じゃないわこいつ。遠慮なくやっちまおうぜ。」男の一人が智也の体をさらに強引に扱い始め、もう一人も同様に触れてきた。嫌な感触と吐き気、強い恐怖が智也を襲った。手首のロープを軋ませながら少しでも逃れようと体をひねり続けたが、逃げられるはずもなく、絶望感が心を支配しそうになった。その時、背後から声が聞こえた。「お前本当にカインの側室なのか? この側室の指輪は本物か?」男たちにもてあそばれていて、最初はその声がどこから聞こえるのか分からなかった。やがてそれが、柵の中から聞こえる声だと気づいた。いつの間にか、護送車に投獄されていた男が智也の背後に近づいていた。その男は智也の指に嵌まった指輪をじっと見つめていた。「くっ……うぅ……誰でもいいから、見てないで助けてよぉ!! 女がピンチなのよ!!」とにかく、誰でもいいからこの男たちを何とかして欲しい。こんな目に遭いたくない。最悪の結末だけは避けたい。智也の叫びに、男たちが可笑しくてたまらないように笑い出した。「この女、囚人に
智也は力なくそのまま地面に座り込んでしまった。自分の無力さが口惜しかった。誰も守ることができないこの身が疎ましかった。それでも何かをしたくて、智也は自分に宿った青い炎の力を借り、蓮にテレパシーで話しかけていた。塔の最上階で僅かに感じる、蓮が放つ青い炎のオーラに向かって。(蓮、聞こえている? お願いだから、自分を傷つけるような行為はやめて。)(蓮、私やモモのことで責任を感じることなんてないんだからね。異世界から脱出する方法だって、カインの呪いを解く方法だって、他にもあると思うの。だから、一緒に探そうよ。蓮がやりたくないことをしちゃ駄目だよ。)(蓮が変わってしまいそうで……私、怖いよ。蓮、返事をして。お願いだから。)テレパシーで話しかけると、僅かに蓮の纏う青いオーラが乱れたのが分かった。しかしすぐに、蓮が魔法で塔の最上階周辺に強力な魔法の防壁を張ったことが感じ取れた。そのせいで、蓮の気配をまったく感じられなくなってしまった。「私が……テレパシーで話しかけたから?」テレパシーの声に動揺した蓮が、強い魔法の防壁を最上階に張ったのは明らかだった。しかも彼の心の乱れをあらわすように、塔の最上部の魔法の防壁は暴走したようにどんどん巨大になり、智也の周りを覆っていた防壁まで吸収してしまった。きっとそのことに、蓮は気が付いていない。それほどに彼は、心を動揺させる何かを今しているのだ。身を守る防壁を失ったまま、智也は不気味な牢獄塔の前でただ立ち尽くすしかなかった。その時だった。不意に背後から車輪の軋む音が近づいてくるのに気づいた。智也は立ち上がり、その正体を確かめようとした。それは、牢獄塔へ囚人を運び込む護送車だった。「おい、見てみろよ。こんなところに女がいるぞ。」「お、本当だ。しかもいい女じゃないか!!」馬が引く護送車を運転していたむさ苦しい男が二人、木の門の前で運転席から降りてきた。その目には好奇の色が浮かんでいた。「なあ、こんなところにいる女ってことは、牢獄塔に投獄された男の恋人とかじゃないか?」「へー、だったら……囚人の恋人を輪姦しても誰も文句いわねーんでないの?」「おいおい、仕事はどうするんだよ。囚人を護送しないと駄目だろ?」「でも、囚人っていっても一人だし護送車に入れていれば大丈夫だろう。塔に入って投獄している内に、女に逃げられたらつまらな
智也は『トモ』の祖母に視線を向け、口を開いた。「『トモ』はカインに殺された時に、彼に呪いを掛けたよね。その呪いを解く方法を私は聞きに来たの。ギルミット族は呪いを掛けるのが得意だったのでしょ? だったら、呪いを解く方法も確立されていたはずだよね。教えて欲しいの、カインの呪いを解く方法を。」老婆はゆっくりと口を開いた。「わしは、この牢獄塔に囚われて以来、王宮の者に数々な拷問を受けてきた。それもこれも、次期王位のカインの呪いを解く方法を聞き出す為じゃった。」老婆の声に苦々しさが滲んだ。「その拷問で、この目もやられ、足も動かなくなった。それでも、わしは一言も話さなかった。『トモ』がその命を削ってカインに掛けた呪いじゃ。成就させてやりたいではないか。いまさら、わしが何か話すとでも思ったのか?」『トモ』の祖母はそう言うと、見えぬ目で視線を智也から蓮に移し、続けた。「じゃが……『トモ』の生まれ変わりであるレンになら、わしの知識を与えてやってもよい。『トモ』は、わしらの直系の先祖が書いた禁断の魔法の書の中の一つの魔法陣を使ったことだけは間違いない。」老婆は少し間を置いた。「だが、その書物には、呪いの解き方は載っておらなんだ。正直に言ってしまうとな、わしにも『トモ』が掛けた呪いを解く方法が解らんのじゃ。じゃが、その魔法の書を全て読み解く力を有するものであれば、呪いを解く魔法陣を生み出すことも可能だろう。レン、お前が最強の魔法使いならばできるはずじゃ。」「その禁断の魔法の書はどこにあるんだ、ばあさん?」蓮が聞くと、老婆は僅かに動く指で己の頭を指差した。「魔法の書はもう燃やしてこの世には無い。だが、書物に書かれた文章は一文一句違わず全てわしの脳の奥深くに封印してある。それを全てお前にやろう、レンよ。」老婆の声が低くなった。「封印を解く方法は簡単じゃ。わしの脳を喰らうことじゃ。それで、封印は解かれお前に知識が渡る。」「脳を喰らうって……それって、比喩だよね? ねえ、蓮……そうだよね?」智也は不安になって蓮の方を見て口を開いた。蓮は智也の質問には答えず、真剣な表情で石の椅子に縛り付けられた老婆を見つめていた。やがて、何かを自らに納得させるようにゆっくりと目を閉じ、そして目を見開いた時には、智也が見たこともないような恐ろしい表情をしていた。「蓮!!」智也
「そうじゃ。王宮への復讐の為に『トモ』はアーサーに近づいた。」老婆は淡々と語り始めた。「幼いアーサーは、さらに年下の『トモ』に警戒心など抱かなかった。アーサーは王宮の息苦しい生活に飽き飽きしていたのだろうな。『トモ』と街を探索することに夢中になり毎日のように王宮から抜け出しておった。そして、少女と逢ううちにいつしか『トモ』に恋心を抱くようになった。」老婆の声が少し低くなった。「『トモ』はその想いを利用した。魔法でアーサーの意識を朦朧とさせると、自宅に誘い込みそして、幼い身で『トモ』はアーサーと肌を合わせたのじゃ。」アーサーの初恋を、『トモ』が王家への復讐のために利用した。『トモ』はアーサーに処女を捧げてでも、彼の心を手放したくなかったのだ。 その事実が智也の心を軋ませ、痛くさせた。「じゃが、王宮のアーサーの護衛をしていた者たちは『トモ』に不審を抱き、二人を引き剥がそうとしたんじゃ。」老婆は続けた。「『トモ』は焦った。そして、アーサーにねだったのだ。『私を、あなたの契約魔法使いにして欲しい。あなたと離れたくないから。』とね。アーサーも彼女と離れたくなかった。周りから引き裂かれない方法は、『トモ』を自分の契約魔法使いにする方法だけだった。」智也は気になっていたことを、老婆に尋ねた。「彼女は……『トモ』はアーサーの事を愛してはいなかったの? 彼の事を好きではなかったの?」老婆はそっと笑って口を開いた。「いや……『トモ』もただの少女の部分があってねぇ。」老婆の表情がわずかに柔らかくなった。「あの子も処女を捧げたアーサーに、心を惹かれるようになっていった。彼の契約魔法使いとして王宮に上がると、『トモ』は別の想いを抱くようになった。王宮でのアーサーの立場はとても弱くいつも嫌がらせにあっていた。『トモ』は想いを寄せるアーサーに王位を継いで欲しいと願うようになった。そして、できれば彼と結婚したいと想うようになった。」老婆は静かに言った。「『トモ』は王位を継ぐ者にギルミット一族の血を混じらせることで、王家を乗っ取り復讐を果たすのだと私には言っておったが、そんなのは嘘じゃ。あの子は……本気でアーサーを愛してしまったのだろうのう。」「『トモ』はアーサーを心から愛していたんだね!!」智也は、何故だかすごくほっとした。アーサーと『トモ』の関係が復讐だ